火山の多い日本列島で暮らしてきた、私たちの祖先はいつからか知りませんが、熱い蒸気や湯で身体を温めることを、習慣にしてきました。同様に2千年以上前から温泉に入浴する習慣を持っていたのが、ローマの人々です。ローマの皇帝は市民のために大浴場を建設し、市民は大いに喜んでいたそうです。
これだけ長く生活習慣として続いてきたのは、健康維持や疾病快癒などのご利益があることが広く共有できていたからに他なりません。なぜなら、源泉が豊かな地域を除き、大勢の人々が入浴できる施設を建設し、湯を沸かし続けるのは簡単なことではないからです。なんと江戸時代には特権階級だけでなく、庶民も入浴を楽しめたらしく、その施設は大都市に多数建設されていたのです。水を沸かして、浴槽に貯めて、追い炊きを繰り返す、そんな施設が町のあちこちにあったのですから、なんとも愉快な光景です。
湯治というのは一週間以上、山間僻地の温泉地に逗留し身心の不調を癒すことで、私の祖父母も九州の別府温泉に長期滞在していたことを思い出します。疲れをとり、痛みを癒す先人の知恵は今では科学的に証明されているのです。
ちなみに、その一つが「ヒートショックプロテイン(Heat Shock Protein)」略してHSPと呼ばれるもの。簡単に説明すると、高熱、低温、紫外線、けがなどで傷んだ細胞を保護するたんぱく質のことです。
HSPが初めて発見されたのは1962年イタリアのパビア(Pavia)にある遺伝子研究所、ショウジョウバエの幼虫を高温にさらすとある特定のタンパク質が素早く発現上昇することから注目されました。そこから哺乳類や他の生命でも同様にたんぱく質の産生されることが突き止められるまで15年を要しました。21世紀になりようやく、HSPががん細胞や病原体に対するヒトの防御免疫に欠かせないものであることが明らかになったのです。
私たち(動物も植物も)の細胞は水分を除けば、ほとんどがタンパク質で構成されています。HSPは、ストレスを受けて細胞の中で増加し、構造がおかしくなって壊れたタンパク質を修復して元気にしてくれる素晴らしい存在です。
このHSPの生成をコントロールできれば、運動性能の向上や疲労回復など、日常生活を快適に過ごす強い味方を仲間にすることになると言えます。
では、HSP生成をコントロールできるかと聞かれれば、可能ですとお答えできます。その主な方法が、誰でも自宅でできる入浴なのですが、入浴の仕方にコツがあります。
ひとつの方法は入浴です。42度の湯温で入浴10分。→詳しくはコチラ
もうひとつは、運動です。それも息が上がるくらいの有酸素運動を30分。2週間継続することです。→詳しくはコチラ
リンクは「医学博士 伊藤要子のホームページ」です。HSPの研究を始めて30年以上。HSPの普及活動を始めておよそ10年。と言われる伊藤先生のページをご覧ください。
更に環境省でもこの入浴方法をご推奨。 →WARMBIZサイトへ
HSPの役割、有効性は、民間療法でも都市伝説でもなく、私たちの身体の中で日々繰り返されている生体の新陳代謝や疲労回復を担うたんぱく質の働きのことです。他のページでも書いていますが、私たちの脳神経細胞は20歳頃にピークを迎え、その後は加齢にともなって死滅の一途をたどり、60歳を過ぎると急速に死滅速度が上がります。
細胞の死には2通りあって、ひとつはアポートシス。これは遺伝子プログラムにより制御された予定された死です。このプログラムのスイッチを誰が押すのかはわかっていませんが、死と同時に断片化され、アポートシス小体となり、マクロファージに食べられて消えてしまいます。もう一つが壊死、事故死のように細胞が破裂し、細胞の中のタンパクを分解する酵素や、危険な因子を細胞の外にまき散らします。周りにいる細胞も影響を受けて死んだり、傷害を受けたりしますので、その周辺一帯が死んだ細胞になってしまいます。
HSPは不良タンパクを修理して元気な細胞に戻す働きをしますが、大きく傷んだ細胞を修復するために十分なHSPが不足している場合は、細胞を死に導きます。傷んだ細胞を残していては、癌や病気の元になってしまうからですが、この時はアポートシスで死に導きますので、きれいに無くなります。
一方HSPが働くにもエネルギーが必用で、ATP(アデノシン三リン酸)という、肉や魚を食べて消化吸収されてできるエネルギー物質が体に十分になければ、HSPは働けません。ですので、食生活の中でアミノ酸を含んだ食品を摂取することが必要です。
傷んだタンパクを修理できなくても、アポートシスに導くことができればいいのですが、栄養(ATP)不足でHSPが働けなければ、細胞が壊死します。過度の飲酒、喫煙、糖尿病の影響でATPが不足し、細胞が更に壊死する。この状態が繰り返されると、事故死した神経細胞のゴミが脳内にどんどん散らばり、認知症の原因になるのではないかと私は推測しています。(まだ誰も研究発表していないので、証明はありません。)
その理由は、脳内でタウ・タンパク質の異常が、アルツハイマー病などの神経変性疾患の原因となると考えられていることや、アミロイドβタンパクがアルツハイマー型認知症の発症に大きく関わっていることです。つまり修理しきれないタンパク質が増え続け、壊死した細胞のゴミがたまり、更に脳神経細胞を傷めてしまう(=HSP不足)ことでアルツハイマー病が発症したり、レビー小体の出現のきっかけを作ってしまうのではないか、という仮説です。
そんな訳で、HSPを意識した入浴をオススメします。なんたってカネをかけない認知症予防方法ですから。あなたもいかがですか。