認知症とは頭痛や腹痛や腰痛と同じ症状の呼び名で、病名ではありません。 認知症=アルツハイマー病とお思いの方が沢山いらっしゃると思いますが、これは間違いでアルツハイマー病は認知症を引き起こす原因疾患の一つに過ぎないのです。
認知症はいわゆる「物忘れ」はありますが、「痛み」とか「痒み」といったような自覚症状がありません。なので自覚症状を訴えることが無く、家族も周囲も気づきにくいのです。しかし、本人は違和感を感じています。それは「思い出せない不安」です。人や場所の名前、他者との約束、行為した記憶、などを思い出せずに不安を抱えて途方に暮れています。
もしも、そんな状態になった人が超ワンマンなトップだったら、「お前がやっとけ」と部下に命令するだけで仕事はできるかもしれません。優秀な部下が揃っていれば大きな事故は起こらないでしょう。しかし、情報収集して、判断して、部下に指示をして、問題解決して、契約して、手配をして、納品して、上司に報告する立場の人がそんな状態になったら、あちこちでトラブルを生んでしまいます。本人は不安だし、大問題となり周囲に迷惑をかけてしまいます。
本人の心中はどうでしょうか。失敗の責任の重さ、上司と部下の冷たい視線、自分がこの職場に居られるのか左遷や退職の不安、自宅のローン支払いや家族の生活維持の不安、自分自身の将来の不安、などの重圧をいきなり背負い恐怖に苛まれます。
この恐怖はふたつに分類できます。ひとつはこれまで築いてきたプライドが崩れ落ちる恐怖、すなわち職場と家庭でのアイデンティティの喪失です。もう一つは職を失い収入が激減する経済的試練です。
失敗の原因が特定でき、次は回避できると思えば耐えられるのですが、思い出せない理由、仕損じた理由がわからなければ、失敗を繰り返してしまう恐怖は拭い去れません。周囲からの信用は失われ、自信を取り戻すこともできなくなってしまいます。
しかしその時、ほとんどの人は「自分が認知症かもしれない」とは考えません。疲れていたから、調子が悪かったから、悪意ある誰かの嫌がらせのせいだ、と考えて自分を誤魔化そうとします。だって、誰にでもプライドがありますから。「今回の失敗は偶然だ」「次は大丈夫だ」と根拠なく自分を奮い立たせ、必死に自己のアイデンティティを支えようとします。
□1 今切ったばかりなのに、電話の相手の名前を忘れる
□2 同じことを何度も言う・問う・する
□3 しまい忘れ置き忘れが増え、いつも探し物をしている
□4 財布・通帳・鍵などを盗まれたと人を疑う
□5 交渉・片付け・計算・運転などのミスが多くなった
□6 新しいことが覚えられない
□7 話のつじつまが合わない
□8 会議の内容が理解できなくなった
□9 約束の日時や場所を間違えるようになった
□10 慣れた道でも迷うことがある
□11 些細なことで怒りっぽくなった
□12 周りへの気づかいがなくなり頑固になった
□13 自分の失敗を人のせいにする
□14 「このごろ様子がおかしい」と周囲から言われた
□15 ひとりになると怖がったり寂しがったりする
□16 外出時、持ち物を何度も確かめる
□17 「頭が変になった」と本人が訴える
□18 服装を替えず、身だしなみを構わなくなった
□19 趣味や好きだったことに興味を示さなくなった
□20 ふさぎ込んで何をするのも億劫がりいやがる
一部改訂:神垣忠幸 原案:家族の会
仮に家族が医師の診断を受けることを勧めたとしても多くの人はためらいます。もしも重大な病であれば自分はどうなるのか、仕事を失って、経済的に困窮するかもしれない。入院して、築き上げた今の地位を手放すのかもしれない。そんな恐怖が医師への受信を遅らせてしまいます。
しかし、診断の遅れは三つの意味で本人にとっての損失と考えられます。
ひとつは、家族と職場でますます信頼を失う出来事を積み重ね、冷ややかな視線にさらされ、評判を切り下げてしまいます。降格や退職を余儀なくされるかもしれません。
もう一つは、認知症と診断されれば、出会えたはずの支援団体と出会う機会を遅らせてしまいます。
三つめは、在職中(厚生年金加入中)に認知症と診断されれば傷病手当の給付が受けられ、転職の際に企業は精神障害者として雇用することになります。
「自分は大丈夫」「認知症なんて関係ない」「世間体が悪い」という思いが勝り、かなり進行した状態で病院を訪れる事例が多いため、認知症の早期発見が遅れ、本人にも家族にも大きな損失になってしまうのです。
あなたも認知症状態になることがあります。それは「寝起き、夢うつつ、車酔い、酒酔い」の時です。平時なら苦もなく適切な判断ができるのに、それができない時がありますね。飲みすぎて、店でお金を払ったかどうか覚えていない。どうやって帰宅したか覚えていない。乗るべき電車に乗らずに、他所に行ってしまった。そんな経験はありませんか。はい、その時あなたは認知症状態になっていました。よかったですね、回復できて。
本人の言葉:「…会社にはかなり配慮してもらっていて、1日働くと脳が疲れるので、今は1時間の時短勤務と、昼食後20分から30分の仮眠を取ることが認められています。勤務時間は現在9時から16時半までです。これは大変助かっています。」
本人の言葉:「当事者どうしで出会ったときに、暴れたり徘徊したらどうやって対応しているんですか」とよく質問がされるんですよ。私は今まで6、7年間そういうことをずっとやってきて、みんな笑顔で楽しいと、何にもないんですよね。楽しくないところにいるから怒るし、嫌なことを言われるから怒っているだけなのに、なぜ認知症の人にはそういう見方になるのかなと思っています。 」